「パックTに限定テキストを印字しただけで、この強気な価格差ってどうなの?」というモヤモヤから始めさせてほしい。
服好きなら誰もが一度は通るメゾン マルジェラの定番アイテム、「3パックTシャツ」。無地で着心地が良く、背中にあの4本の白いステッチがさりげなく鎮座しているからこそ、洗練されたミニマリズムの極致として愛されてきたわけだ。そんなマルジェラがエストネーション六本木ヒルズ店の15周年を記念してリリースした限定のユニセックス3枚セットTシャツ。情報を見た瞬間の私の素直な感想は、「いや、胸元や裾や背中に限定テキストを入れたら、それってマルジェラ本来の“匿名性”や“無地”の美学と矛盾しないか?」という少し冷めた困惑だった。
今回の限定パックTは、ブラックとピュアホワイトの2色展開で、1パックの中に入っている3枚のTシャツそれぞれ異なる位置(胸元、裾、背中)に“LIMITED EDITION – ROPPONGI - 15th Anniversary ESTNATION”という英字テキストがプリントされている。確かに六本木エストネーションの15周年というメモリアルな背景はあるし、コレクターズアイテムとしての価値は理解できる。しかし、マルジェラといえば「ブランドの記号性を消し去る」というアンチモードな精神から始まったブランドのはず。そこにわかりやすく「六本木限定」という文字をドカンと載せてしまうのは、少し商業主義に寄りすぎているのではないかという一抹の寂しさと違和感を拭えないのだ。
生地感やカッティング自体はマルジェラの定番パックTを踏襲しているため、薄手で滑らかなコットン地の着心地の良さや、絶妙な首元の詰まり具合、そして背中の4本ステッチの美しさは健在だ。ただ、プリントの位置によってコーディネートの使い勝手には大きな差が出てくる。胸元プリントのTシャツは、上からジャケットやカーディガンを羽織ってもチラリと文字が見えるのでインナーとして使いやすいが、裾プリントや背中プリントのものは一枚で着ないとテキストが隠れてしまうため、必然的に「夏場に1枚で着る」という用途に限定されてしまうのが少し不便だ。
ここで、日常使いの無地Tシャツという観点から他ブランドのパックTと比較してみたい。例えばジルサンダーの3パックTシャツや、オーラリーが作る上質なコットンTシャツを思い出してほしい。ジルサンダーのパックTはオーガニックコットンのハリ感と裾の小さなロゴタグが控えめで上品だし、オーラリーは原料の良さを極限まで引き出した圧倒的な肌触りで勝負している。これらのブランドが「上質な日常着」として長期間ヘビロテできるのに対し、今回のマルジェラの六本木限定Tシャツは、どうしてもテキストが入っている分「そのシーズンのイベント感」が強くなり、数年後に着たときに古臭く見えてしまわないかという不安が残る。
一方で、今回のエストネーション六本木でのポップアップストア全体を見渡すと、Tシャツ以外のラインナップにはジョン・ガリアーノの圧倒的な才能を感じさせるエキサイティングな名作がズラリと並んでいる。中でもクリエイティブ・ディレクターのガリアーノによるメンズ初のランウェイコレクションでお目見えしたバッグ「グラム スラム(Glam Slam)」や、ビブラムソールを採用したスニーカー「SMS」は、マルジェラの歴史に新しい章を開いた傑作だ。
特にパファスリッパやスニーカー「SMS」に見られる、クラインブルー、イエロー、レッドといった鮮やかで毒のあるカラーパレットの使い方は実に見事。従来のマルジェラが持っていた「白、グレー、黒、ベージュ」というアーティザナルで落ち着いたトーンに対し、ガリアーノはストリートやスポーティな要素を融合させ、「シナジー」というテーマのもとでモードの新しい破壊と創造を見せてくれた。ウィメンズの「タビ(Tabi)」シューズや「アンコンシャス・グラマー」をテーマにしたアウター類も、伝統的な解体再構築の文脈を現代のラグジュアリーへと見事に昇華させている。
ポップアップの空間自体も、2018年秋冬のショーステージの臨場感をそのまま再現した内装になっており、ガリアーノが提示するマルジェラの新しい世界観にどっぷりと浸かれる空間としてファンにはたまらない仕上がりになっている。だからこそ余計に、「服そのものの造形美や世界観で魅せる素晴らしいコレクション」が揃っている中で、なぜあえて分かりやすい記念テキスト入りのパックTをフックにしたのか、というブランド側の意図について考えてしまうのだ。
もし私が六本木ヒルズの限定ストアに足を運ぶとしたら、プリントが入ったパックTに高いお金を払うくらいなら、迷わず「グラム スラム」の独特な質感を手で確かめたり、ガリアーノのテーラリングが光るジャケットやアイコニックな「タビ」の新作に投資したい。服を着る喜びというのは、限定の文字を掲げることではなく、生地のドレープや計算し尽くされたシルエットを身に纏うことの中にこそ存在するはずだからだ。


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